チラシの裏

落書き帳兼メモ帳 雑多なゴミを処理する場所

Suicide

まえがき

この小説は前になろうで投稿した物の再掲です

現代の日本に疲れた"俺"が"最後"に至る話
1話がルーズリーフ片面程度の短めな作品

この話は作者がガチで病んで自殺願望が湧いた時に書いた話です。
現代日本における自殺問題・労働問題辺りを意識して書いた話というなろう系では多分異質な作品。

前編(死に至るまで)

 ――あれからどのくらいの月日が経っただろうか。俺は幾度となく"死"を繰り返してきた。いずれも失敗に終わっているが、その度に苦しんでいた。
ならば生きろと言われるも、生憎こちらにはそうする為の金が最早無い。金が欲しくて職に付いたが、毎日同じような事を繰り返し、ロボットのようにこき使われ、無表情・無感情のまま生活していた。
この職の唯一の救いは毎日同じような時間に帰れる事だったが、仕事の辛さを考えると割に合わなかった。それでも、両親の事を考えたら苦にはならなかった。

 ――しかしそれも過去の話。
あの日、1つの事故によって両親が亡くなった。あの時、俺が居れば助かったのだが、それすら叶わなかった。
しかも親父は多額の借金を抱えており、遺産を全て費やしても返済出来なかった。親父は俺を苦しめたくない、あるいは苦しんでいるのを見せたくなかったのか、俺には一切伝えなかった。挙句の果てに、借金の担保に家と土地を指定していて、住む場所すら失っていた。
 残された物は何も無い。強いて言えば、今着ているこの服とSIMの無いスマホくらいだ。反面、失った物は"全て"だ。今日食べる食料すら無い。希望や勇気なんて物はとっくに無くなっている。感情なんて物ももはや思い出せない。仕事で仲間など作れるはずがない。学生時代の友達も皆離れていった。
 こんな今、"さよなら"を伝える相手など居ない。俺は現世に何も残さずそっと死ぬ気で居た。しかし今回ばかりは"死"を成功させる前に"自分の存在"をどこかへ残しておきたかった。何故かは分からない。これが本能とやらなのか?それとも"死"に対する感情なのか?いずれにせよ、この事は誰にも分からない。
 しかし、"自分の存在"を残すべき場所が自分には思いつかない。家も、家族も、友達も無い。ただ、この状況の中、何故かふと小学校の時のクラスメイトの住所をうっすらとだが思い出した。俺はその僅かな記憶に基づいて、その場所へと向かう事にした。途中で降った時雨が俺の感情を表しているようだった。

 時雨が止んだ後、俺はそのクラスメイトの家に辿り着いた。俺がインターホンを鳴らすと、彼は素直に出てきた。もう20年も会っていないから思い出すのには時間が掛かったが、お互いうっすらと覚えていた。
 二人は空白の20年を埋め合わすかのように話をしたが、どうやら苦しんでいるのは俺だけでないらしい。大震災や大不況、更には不治の病と色々苦労した人も居たらしい。中にはブラック企業に入社したが、あまりの苦しさに死んだ人も居た。
 そんな話をした後、彼は自分のゲームプレイを一度見てほしいと言い、引き出しから古いゲーム機を取り出した。丁度自分が高校の時に流行っていたゲーム機で、自分には懐かしく思えた。聞けば彼はそのゲームの世界記録保持者らしい。彼は慣れた手付きでゲームを攻略していき、バグを多様してあっという間にクリアしてしまった。俺は画面と操作の両方を見ていたが、何をしているのかさっぱり分からなかった。スタッフロールで許されないとか何とか言っていたが、俺には理解出来なかった。

 しばし経った後、久々に感情を思い出させた友達に"最後の"別れを告げ、俺は夜の街へと消えていった。コンビニの前を通ったときに遺書を書こうかと思ったが、伝える相手が居ないので書く事はやめた。
 そして俺はとあるビルに隙を見て忍び込み、誰にも見つからずに屋上に向かい、自身の人生は呆気ない物だったと考え、自分の惨めさを泣いた。
 夢が砕け散ったあの日、希望の灯火が消えたあの日、そして全てを失ったあの日。その度にに人を恨み、嘆き、苦しんだ。この辛さは二度と感じたくない。例え未来が成功しても、悲しみから逃れる事は出来ない。無が有に変わらないのと同じように、死んだ親は帰って来ない。当たり前の事なのだが、俺にはその事実を受け入れる事が出来なかった。ならば、親の所へ"帰ろう"ではないか。
 俺は"最後の"覚悟を決め、靴を脱ぎ、ビルの端に立ち、親の元に向かう。

「親父、おふくろ、今から行くよ。」数日後、"彼"が持っていたスマホにはこのような文章が残されていた。

後編(死神のノート)

 ――気がつくと俺は不気味な空間に居た。火のように紅い夕焼けが街を照らし、黒よりも暗い影が足元を覆っていた。時計は何故か真っ黒で読めない。声を出してもただ虚空に吸い込まれるばかり。しかし、この街には既視感があった。
 そう、飛び降りをしたあの街だった。ふと後ろを向くと、屋上から飛び降りたあのビルがあった。ビルの窓に映る血まみれの自分を見て、ようやく自分は死んだ人間という事を理解した。となるとここはどこなのか。死後の世界であろう事は直感的に分かったが、天国や地獄ではなさそうだし、近くに三途の川らしき物も無い。周囲の情報が得られそうな物は全て影で塗り潰されている。しかも飛び降りしたビル以外は白い塊になっており、無機質らしい不気味さを漂わせている。
 俺は他に何かないか探してみる。歩く度に黒い影が靴に纏わりつく。力を込めなければ影が地面とくっつけようとし、とても歩き辛い。

 しばらく歩いていくと、俺がかつて住んでいた家があった。不思議な事に、あのビルと同じく塊でなかった。だが、表札は剥がされ、人が住んでいた痕跡は既に無かった。家の中は何も無くなっており、何かを置いていた痕跡も無かった。
 ――ただし、俺の部屋を除いて。
 俺の部屋だけは最後に見た状態のままだった。タンスの中や引き出しの中もかつてのままだった。ただ、俺の使っていた机の上には、見た事も無いノートと万年筆が置かれていた。ノートを開くとこのように書かれていた。
「これは貴方の人生で最も重要な選択です。貴方は今一命を取り留められていますが、不安定な状況になっています。再び目を覚ますかは貴方が決めるです。次のページからは現世の事が書かれています。」
 そう書かれているのを見て、俺はノートをめくった。ノートに書かれていた内容によれば、友達が俺の死を察したのかは分からないが、かつての同級生達が次々と俺の病室に見舞いに来てるらしい。という事は俺は救急搬送されたのか。身元は最期に残したスマホから割ったのだろう。しかし、かつて勤めていた会社の人間は誰一人来なかったとの事だ。やはり俺は"使い捨ての部品"だった。
 飛び降りた場所が場所だったからか、ニュースになったらしいが、誰一人俺の境遇は理解してくれない。かつての友達も、上司も、国さえも――
 俺はただの氷山の一角だ。俺が死んでも何も変わらないだろう。どうせあの会社も新しい"奴隷"を"購入"するだろう。俺の死で会社が変わるとは到底思えない。あの社長は既に人を何人か"殺して"いる。なのに未だに死刑の判決が出ないのが理不尽でならない。逮捕されていない所を見ると、裏で警察に賄賂でも渡しているんだろうか。あの畜生ならやりかねない。化けて奴の喉笛を掻き切りたいが、今まで同じ怨念を持って死んだ人達ができてない所を見ると、俺も出来ないであろう。
 だが、かつての同級生が俺の事を覚えていたのは意外だった。

 最後のページを開くと、そこには"もう一度目を覚ますか、このまま死ぬか"を訊かれていた。
 俺はかなり長い時間悩んだ。もう一度目を覚まして、ニュースになった事を利用して社会の闇を伝えるべきか、それともこの世界に愛想を尽かせて死後の世界に行くべきか。相談しようとも誰一人来ない。ただ、何も聞こえない無音の空間でひたすら悩んでいた。

 ――あれからどれくらい考えていただろうか。この世界は時が進まず、常に黄昏時だった。現世換算でいうところの数日くらい悩んでいただろうか?
 兎も角ただひたすら考えていた。自分の存在が現世に必要かどうか。現世でもう一度笑って過ごせるのか、次に笑えるのは死後の世界になるのか。

 更に考え、そして俺は遂に決断を下す。ずっと考えた結果、"無能"が支配してる以上は何も変わる事が無いという結論に辿り着いた。
 そして俺は自ら死を選んだ。サインした瞬間、どこからともなく死神が現れ、俺の首を手にした釜で切り落とした。同時に現世で俺に取り付けられた心電計もアラームを鳴らし始めた。

あとがき

異世界転生物に見せかけてそうでない作品。自分の中にある「日本」のイメージが強く出た作品。
現実の自殺問題と労働問題を生きるのに疲れた社畜視点で書いてみた。常時重苦しい話の流れだが、その重苦しさこそが今のこの国が抱えている問題でもある。
自分の持論もそれなりに交えて読者にこの国の存在意義を問いかけたい。この国はもはや滅ぶべきなのか。